◎プロフィール
22歳ころから、生理が不順気味になる。
24歳で結婚。子供が欲しいと思っていたが、結婚3年たっても妊娠しない。
ある日、乳首に白いものを発見。生理不順もひどくなっていたため、産婦人科を受診。
基礎体温表をつけるよう、指示される。
しばらく原因がわからなかったが、何回か行った血液検査で、高プロラクチン血症の疑いが・・・。
◎チェック
受診のきっかけ⇒22歳のころからの生理不順がひどくなり、これが不妊の原因ではと受診。
検査⇒2度目のホルモンを調べる血液検査で、プロラクチンという乳汁分泌(にゅうじゅうぶんぴつ)
ホルモンの値が少し高く、基礎体温表でも高温期の体温が低め。
TRH試験でプロラクチンの検査と子宮内膜組織検査も行う。
診断⇒潜在性高(せんざいせいこう)プロラクチン血症、黄体機能不全。
治療⇒プロラクチン値を下げる内服薬を服用。数ヶ月で値は下がり、無事妊娠。
『生理不順の原因を探れば、不妊の理由がわかるのかも』
【受診のきっかけ】
「何だろう。皮がむけたのかしら。それにしては変だし・・・・・・・と思いました。
そのときはほんの少しだったので、あまり気にせず、そのことはしばらく忘れていました。」と、
順子さんは27歳のある日、入浴中に乳首に白っぽいカサついたものを発見する。
順子さんにはもっと大きな心配事があった。22歳で就職したころから、生理が不順気味になる。
ここ最近、それがさらに進んで、2ヶ月近く生理がこないことも増えてきた。
「結婚3年たっても妊娠しないのは、生理不順のせいでは」と、生まれて初めて産婦人科を受診することにした。
【検査】
まず、問診・内診・超音波・血液検査・尿検査を行った。
そこで医師に「今日の検査では問題は見当たりません。これから、ほかの検査もしていきましょう。
基礎体温表をぜひつけてみてください。妊娠を希望しているのなら、大切なデータになりますから」と言われる。
順子さんはさっそく基礎体温表を買い求め、翌朝からつけ始める。
翌週、生理が始まったので、採血でホルモンの量を測定するホルモン基礎値検査を行った。
これも異常なし。子宮卵管造影法の検査も行ったが異常はない。
生理不順の原因は何なのか、はっきりしなかった。
『乳汁分泌ホルモンが過剰すぎる病気だった』
【原因】
検査を始めて約2ヶ月たったとき、再度行ったホルモン基礎値検査でプロラクチンという
乳汁分泌ホルモンの値が少し高いことがわかった。
この2ヶ月間つけていた基礎体温表を医師に見せたところ、高温期になっても、あまり体温が上がって
いないことも、気になると言われた。
「プロラクチンというホルモンの量は、時間によってかなり変動するらしく、心理的なものでも数値は
変わってくるそうです。そこで次の生理がきたら再度、血液検査を行ってみるということでした。」
病院からの帰り道、順子さんは「アッ」と思わず立ち止まった。
「確か、先生は乳汁分泌ホルモンと言っていたはず。以前、お風呂で乳首についていたのは、もしかしたら乳汁の分泌?」
自宅に戻り、急いで乳首を絞るようにしてみる。するとほんのかすかに白いものがついた。
順子さんは翌日、病院へ向かい医師に話してみた。
「それは乳汁かもしれませんね。すぐに
TRH試験⇒ホルモン負荷試験のこと。
をしてみましょう。」と医師。TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)を投与し、その後、
採血をしてプロラクチン値が上昇する度合いを調べる検査と、子宮内膜組織検査も行った。
この病気は普段は正常なのに、夜間など特定の時間だけプロラクチン値が高くなる。
血液検査でわかりにくかったのはこのためで、これが生理不順の原因とのこと。
子宮内膜組織検査の結果は
「黄体機能不全(おうたいきのうふぜん)」。⇒黄体ホルモンの働きは、子宮内膜の
着床の条件を整えること。この黄体ホルモンの分泌が少なくなったり、働きが悪くなる状態を言う。
潜在性高プロラクチン血症は、着床に備えて子宮内膜の状態を整えるよう促す黄体ホルモンの働きを悪くすることもある。
【治療】
「治療は1日2錠、プロラクチン値を下げる薬を服用する
薬物療法。⇒プロラクチン値を下げるための薬(パーロデルやテルロンなど)を服用する。
多少便秘をしたくらいでほとんど副作用もありません。数ヶ月服用しているうちに、プロラクチン値は下がってきて、
生理も少しずつ順調になってきました。服用中に妊娠しても大丈夫とのことでしたので、
基礎体温を見ながら、病院で排卵日を調べチャンスをもっていたところ、しばらくして妊娠。
夫は大喜びでした。
自分の体を知ることができ、病気の治療もして、なおかつ欲しかった子供も授かって言うことないです。」
◎プロフィール
27歳で結婚。結婚して2年間は避妊。
31歳で不妊の検査を開始。
特に異常は発見されず、機能性不妊と診断。
その直後、31歳で子宮外妊娠。
卵管に妊娠していたことがわかる。
32歳で再び子宮外妊娠を繰り返す。
卵管の通過障害を治療するため、卵管鏡下卵管形成術を行う。
その後、無事、妊娠。
◎チェック
受診のきっかけ⇒避妊をやめ2年たっても妊娠せず、年齢も31歳になったため、検査だけのつもりで通院。
検査⇒子宮卵管造影法という卵管の検査が痛く、つらかった。
手術⇒子宮外妊娠で右卵管を切除。
治療の過程⇒今度は左の卵管に子宮外妊娠し、卵管形成術でつなぐ。
手術⇒新しい治療法の卵管鏡下卵管形成術(らんかんきょうからんかんけいせいじゅつ)を行い、無事、自然妊娠。
『検査では異常なしと言われたのに子宮外妊娠をして』
【受診のきっかけ】
「結婚当初、2年間は避妊していましたが、30歳を過ぎたら子供が欲しいと思い、
29歳からは普通の性生活をもち始めました。」
ところが31歳になっても正枝さんは妊娠しない。
そこで、「検査だけでも」と健康診断のつもりで大学病院の産婦人科に通い始める。
そこで行った子宮卵管造影法という、子宮や卵管に造影剤を注入してレントゲン撮影を行い、
卵管や子宮の状態を見る検査が非常に痛んだという。
しかし、通院後約4ヶ月で出た結論は、夫婦ともに原因は見当たらず機能性不妊という診断だった。
検査がひととおり終わったある日、正枝さんは不正出血が続くため不安になり、再び病院を受診する。
そのときは、「ホルモンのバランスが崩れただけ・・・・・」という医師の説明だった。
と・こ・ろ・が-----
【子宮外妊娠】
「仕事先で急に激痛が起こり、救急車で病院へ運ばれました。
不正出血の原因はホルモン異常という診断だったのに、実は右卵管の
子宮外妊娠⇒子宮内腔(しきゅうないくう)以外のところに受精卵が着床してしまう病気。
成長する受精卵を支えるだけのスペースや栄養補給などの条件が整っていない場所なので、
胎児が育たないばかりか、母体の生命も危険に。
子宮外妊娠しやすい場所は、
・卵管膨大部(らんかんぼうだいぶ)
・卵管狭部(らんかんきょうぶ)
・卵管間質部(らんかんかんしつぶ)
・子宮頸管(しきゅうけいかん)
・卵巣(らんそう)
・腹腔内(ふくくう)
などです。
が原因だったんです。
子供が欲しくて病院に通っていたのに子宮外妊娠で卵管を取らなくてはならない・・・・・
複雑な心境でした。」
妊娠部分とともに右卵管を切除。術後、左の卵管だけでも妊娠は十分可能と医師から説明を受け、
正枝さんはホッとしたという。
【再び】
ところが、その1年後、今度は左の卵管にまた子宮外妊娠。
「私の場合、卵管が細いらしく、左の卵管もうまく通ってなかったようです。
左の卵管まで取り除くわけにはいかないので、妊娠部分だけを切除してつなぐ手術をしたんです。」
このときは不妊治療を専門に行っている病院にかかった。
正枝さんが行った手術は卵管形成術(マイクロサージェリー)といわれるもの。
卵管の詰まっている部分を切り取り、残っている卵管どうしをつないだり、
卵管の出口を開くなどして卵管を良好な状態にする手術である。
卵管形成術を行っても卵管が再び詰まったり、子宮外妊娠を起こすこともありうる。
また、せっかく手術をしても時間がたってしまうと、再び卵管が癒着することもあるため、
半年以内の妊娠をすすめられた。
「もうすぐ33歳。年齢的にも体外受精をとすすめられたのですが、そこまでは考えられませんでした。
確かにまた子宮外妊娠をするのは怖かったです。
せっかく妊娠できても2度もおなかを切って妊娠部分を取り除いたのですから。
おなかに残った傷と同様、心にも傷は残りました。」
【手術】
そんなとき、正枝さんに医師から朗報がもたらされた。
卵管閉塞(らんかんへいそく)⇒卵管が詰まった状態。
に対する新しい治療法、
卵管鏡下卵管形成術⇒卵管閉塞症に対する最新の治療法。
卵管の通過障害を治療できるのはもちろん、卵管の機能の診断にも役立つ。
膣から子宮内に卵管鏡を組み込んだカテーテルという弾力性のある管を入れ、
卵管鏡で卵管の入り口を見つけ、卵管の中に挿入していく。
途中、閉塞や狭窄(きょうさく)があれば、カテーテルで広げながら進む方法。
を行えるようになったというのだ。
この手術は卵管の通過障害を治療できるのはもちろん、卵管がきちんと通っているかを正しく確認するのにも役立つ。
「すぐにお願いすることにしました。子宮外妊娠をしておなかを切る不安がなくなるのなら・・・。
この子宮鏡下卵管形成術で卵管が通れば、安心して妊娠できます。
今度こそ正常に妊娠できるかもしれないのです。」
入院をしての手術。卵管の通過が確認でき、約5日間で無事退院。
正枝さんは卵管さえ通っていれば今まで同様、自然妊娠の希望も大きい。
「この手術のおかげで、時間のかかる不妊治療に通わずにすむため、仕事も精一杯できました。
余計なストレスもなく、妊娠のチャンスをもてたことがよかったんだと思います。」
5ヵ月後、正枝さんは無事、妊娠し、経過も順調である。
]]>◎プロフィール
22歳で繊維会社に就職。
26歳、アパレルメーカーに勤める夫と結婚。
結婚前まで、生理は順調だった。
結婚2年、28歳で子供ができないことを心配し、産婦人科を初めて受診する。
そのときには、生理痛、おりものなど、気になる症状があった。
◎チェック
受信のきっかけ⇒結婚2年で妊娠しないため検査を。
検査⇒子宮頸管炎と言われ抗生剤を服用。
転院⇒症状がよくならず、さらに悪くなっているように感じたため、転院し検査。
原因⇒クラミジア感染症とわかる。そのため卵管に炎症が起こり、不妊の原因になっていた。
治療⇒抗生剤と漢方薬の併用で治療。夫も治療する。
不妊治療⇒注射による卵胞刺激ホルモン剤で排卵を促し、タイミング療法で5ヶ月後に妊娠。
『妊娠どころか我慢できない排卵痛が・・・・・』
【受診】
ことの始まりは沙紀さんが28歳のときだった。
2歳年上の夫と結婚して3年目。
ふたりとも子供が欲しかったにもかかわらず、妊娠の兆候が2年たってもまったくない。
おりもの⇒クラミジア感染症の自覚症状として、不正出血やおりものの増加がある。
ただし、クラミジア感染症は自覚症状が少なく、感染していても気づかないことが多い。
が増え、軽い
下腹部痛⇒クラミジアに感染すると、子宮頸管や卵管、
あるいはその周囲に炎症を起こし、下腹部が痛むことがある。
やそれまでになかった生理痛も感じるように。
夫に相談すると、夫も子供が欲しかったこともあり「そうだね、一度病院に行ってみたら」と答えた。
沙紀さんが受診したのは近所の産婦人科だった。
医師からの説明は「たぶん、お子さんができないのは、
子宮頸管⇒クラミジア感染症が子宮の入り口である子宮頸管にとどまって
いるうちは、まだ治療がしやすい。症状が進むと、卵管が閉塞したり、卵管周囲に癒着が起こる。
さらに進むと、肝臓の周辺にまで炎症がおよび、肝周囲炎などを併発しやすくなる。
が炎症を起こしているからでしょう。おりものが増えたのも、その影響だと思います。
抗生剤⇒クラミジアの治療には、テトラサイクリン系の抗生剤や
マクロライド系の抗生剤やニューキノロン系の抗菌剤を用いる。
沙紀さんが処方された抗生剤も同様の効き目があった可能性も。
を出しますから、しばらく飲んでください」というものだった。
2ヶ月ほど通院し、抗生剤を飲み続けたあと、医師から子宮頸管の炎症はほぼ治ったと診断される。
「ところが、いっときは治まっていたおりものが再開し、においまで気になるようになりました。
それに、排卵期⇒卵管が閉塞したり、卵管周囲に癒着が起こっていると、
排卵時に痛むことがある。
だと思えるころに起こる下腹部の痛みが増し、それだけでなく生理痛もひどくなっていきました。
症状は治まるどころか、ひどくなるばかり。子宮頸管炎が治ったという診断も疑わしく思えました。
これでは妊娠どころではありません。」
【転院】
沙紀さんは本で病院を探し、会社の近くにある産婦人科専門クリニックを訪ねた。
このとき、排卵期と生理の時期に起こる激しい下腹部痛に加え、排尿時に痛みに近い
違和感⇒子宮周辺、卵管周辺に、クラミジアが深く侵入していると、
排尿時に痛みを感じることがある。
を覚えるようになっていた。
「先生に『とにかくこの痛みを何とかしてください』と訴えたのを覚えています。
先生は経過をていねいに聞いてくださったあと、経膣超音波で画面を私に見えるようにして、
診察しながら説明をしてくれました。」
ほかにがん、膣や子宮頸管部の
抗原検査(こうげんけんさ)⇒膣から超音波で子宮頸管の様子を確認しながら、
子宮頸管上皮を採取してクラミジアの病原体がいるかどうかを調べる。これを抗原検査という。
検査の結果が陽性の場合、ほとんど間違いなくクラミジア感染症にかかっているといえる。
血液検査、尿検査を行った。
「内診で見たところでは、子宮頸管の炎症は治っていますね。ただ、超音波で見ると卵管が炎症を起こしています。
血液検査⇒クラミジア抗体の有無で感染したことがあるかどうかを調べる。
抗体があれば過去に感染したことがあるということに。抗原検査で子宮頸管に感染が認められなくても
ほかの場所に感染している可能性が残る。その場合、抗体検査で体の中に病原体がいるかどうかを
調べる。ただし、抗体検査では、病原体の居場所を特定することはできない。
また、過去に感染していたことはわかっても、現在も病原体が残っているかどうかは正確にわからない。
通常、症状があって、抗体検査が陽性の場合は、治療を行う。
の結果を見て治療しましょう。」という初診時の医師の説明だった。
2日後、再びクリニックを訪ねた沙紀さんは、思ってもいなかった結果を聞かされる。
【原因】
「先生から
クラミジア感染症⇒クラミジアは細菌とウイルスの中間に位置する微生物。
卵管の癒着を起こすなど、不妊症に大きな影響がある。
沙紀さんの場合、抗原検査は陰性だったが抗体検査が陽性だった。
と言われ、最初は何のことかわかりませんでした。でも説明が進むにつれ、セックスによって感染する
性感染症ということが飲み込めてきました。腹痛の原因はクラミジアの病原体が膣、子宮頸管を通り
子宮から卵管へ侵入したためだったのです。」
沙紀さんの場合、超音波で見る限り、炎症を起こしていたのは右卵管だけ。
抗原検査で子宮頸管から採取した粘膜からは、病原体は発見されていない。
子宮頸管の炎症が治っていたのは、以前の産婦人科で処方された抗生剤が効いていたのでは
ないかという医師の説明だった。
今回、クラミジアの反応が出たのは血液からで、クラミジアの病原体が体内に潜んでいることを示す
結果だった。病原体がいるのは卵管だけと特定できない。しかし、クラミジアに感染している間は、
むやみに卵管検査を行えない。検査によって、病原体が卵管から骨盤内に広がっていく可能性があるからだ。
治療薬として1日2回分の内服薬を処方された。
これを2週間程度飲めば、体内のクラミジアの病原体は消えるという。
加えて体内の血液循環をよくする
漢方薬⇒当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)・桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)など
も処方された。
「卵管の炎症が不妊の原因でした。排卵のとき下腹部が痛んだのは、卵巣から出た卵子が卵管を
通るときに、炎症のある卵管を刺激するからだということでした。ショックだったのは原因が性感染症
だということです。夫からうつされたとしか考えられません。では、夫は誰にうつされたのか???」
その晩、沙紀さんは帰宅した夫にクリニックでの結果を話した。
夫は沙紀さんの言葉に動揺した。
「夫は結婚後の一度だけの浮気を告白しました。
夫の口から、直接そんな言葉を聞くとやはり失望しました。
夫は誠実で真面目な性格です。でも、なぜ嘘をつき通してくれなかったのかと恨みました。」
夫はもう一度やり直そうと、沙紀さんを説得し続けたという。
『卵胞刺激ホルモン剤でタイミング療法を』
【不妊治療へ】
「1ヶ月後、体内の病原体は消えました。先生はこれまで『ふたりで治さないとまたうつるわよ』と
心配してくださいました。このときも同じことを言われ、夫とのことをお話してみたんです。」
医師は、「誠実なご主人ですね。男性の場合、ほとんど症状がないので、いつ感染したかわからない
ことが多いんです。あなたと出会う以前という可能性だってありえますよ。男性は感染していても、
尿検査⇒男性の場合、クラミジアの検査は尿検査で行われることが多い。
で陰性の結果が出ることがあるんです。自分のせいじゃないと、逆に妻を責める男性だっている
くらいですから。」と話した。
帰り道、沙紀さんは夫の人のよさに思わず顔がほころんだ。
夫とやり直そうと決心したのは医師との話がきっかけだった。
「夫に検査を頼むと、すぐ泌尿器科に行ってくれました。
クリニックの先生の言葉どおり、尿検査では陰性。
でも、夫は非常に痛いという尿道の分泌物を採取する検査を自ら進んでしてくれました。
結果は陽性。クラミジアに感染していることがわかり、治療を開始しました。」
2週間後、夫のクラミジア感染症は完全に治った。
沙紀さんも卵管の癒着がほとんどなく、卵管通水検査で卵管の通過障害のないことが確認できた。
これで不妊症の原因と思われるものはなくなった。
沙紀さんは、すぐに注射による
卵胞刺激ホルモン剤⇒卵胞刺激ホルモン(FSH)で卵巣を刺激し、
卵胞を十分発育させるための排卵誘発剤。
で、排卵を誘発し、排卵のタイミングを見てチャンスをもつ
タイミング療法⇒卵胞刺激ホルモンで十分卵胞が発育したら、
HCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)という筋肉注射で排卵を促し、排卵のタイミングを見てチャンスをもつ方法。
を開始した。
「もう一度、子供をつくる決心をしました。苦しんだけど、やはりこの人と家族を築きたいと思えたんです。」
沙紀さんが妊娠したのは、タイミング療法を始めて5ヶ月後だった。
]]>◎プロフィール
大学在学中の20歳のころから、生理痛がひどくなる。
それまで、生理は順調で痛みもほとんどなかった。
就職後、25歳で結婚。結婚したころから生理痛のひどさが増し、
生理時は必ず1~2日会社を休んでいた。
産婦人科の敷居が高く感じられ、鎮痛剤で我慢。
28歳で激痛を起こし産婦人科へ。
母親、姉ともに婦人科系の病気はない。
◎チェック
受診⇒生理痛がひどく、ある日激痛が・・・・・。
診断⇒子宮内膜症。卵巣にはチョコレート嚢腫(のうしゅ)があった。
手術⇒開腹手術で、チョコレート嚢腫を切除し、その他の内膜症部分を取り除く。
再発⇒術後半年で、また生理痛が起こり、ホルモン剤で生理を止める治療を行う。
不妊治療⇒ホルモン剤の休薬期間に、排卵誘発剤クロミッドによるタイミング療法を行う。
排卵誘発剤⇒クロミッドからHMGに変え、成功。
『子宮内膜症が進行しチョコレート嚢腫まで見つかって』
【受診】
「言葉で表現できないくらい激痛で、痛くて転げ回りました。」
幸子さんは下腹部に強い痛みを感じ、初めて産婦人科を受診した。
28歳のときだった。
「赤ちゃんが欲しいという気持ちはありましたが、生理痛のせいでできないのかしらと漠然
と思っていて。でももう28歳だから、うやむやにしていられないという感じもあって、
思いきって受診したんです。」
産婦人科では、内診で子宮の様子を見た。
また、経膣超音波検査(けいちつちょうおんぱけんさ)も行った。
検査の結果、「子宮内膜症ではないかと思います。卵巣にチョコレート嚢腫が見られます。
血液検査とMRIでの検査結果を待って確認しましょう。」と医師からの説明だった。
【診断】
その1週間後、血液検査でCA125という腫瘍マーカーの値が高かったことと、
MRIの結果もやはりチョコレート嚢腫が確認できたことから、子宮内膜症に間違いないだろうとのことだった。
「『チョコレート嚢腫を取り、ほかの臓器との
癒着(ゆちゃく)⇒子宮内膜が本来あるはずの子宮内腔以外にも
発育するのが子宮内膜症。腹腔内に子宮内膜が発育すると、その部位に炎症を起こし、
卵管、腸、腹膜などに癒着が生じたり、血液の固まりができる。
も剥がしましょう。』と先生からすすめられました。
右の卵巣にもチョコレート嚢腫が、さらに子宮の周囲に内膜症の病巣もある。
ほかに腸との癒着もあると言われたんです。
もっと早く受診していれば、手術をせずに薬物療法で治療できたのにとも言われました。」
幸子さんの痛みの始まりは20歳のころ。
それまでは、生理痛というほどの生理痛はほとんどなかった。
ある日、突然痛くなり、生理を迎えるたびごとに、つらくなっていった。
痛みはさらにひどくなり、25歳ころからは痛み止めも効かず、生理というと会社を休んでいた。
「痛みの(腹腔内の癒着がひどくなると、かなり強い痛みが起こる。)種類も程度も月ごとに差が
あって、骨盤の内側が引っ張られているような、イヤな感じの鈍痛のこともあれば、腰痛がひどいときも。
下腹部が痛み下痢が続く月もあるんです。そんなことが7~8年続くと痛いのが当たり前、
痛みに麻痺してしまって病院に行くほどではないかもと・・・・・・・・・・。
産婦人科の敷居が高く行きにくかったということもあります。」
【手術】
子宮内膜症を治さないと、このままでは妊娠はむずかしいと医師からのアドバイスもあり、
幸子さんは開腹手術を決意する。
「手術後、先生からチョコレート嚢腫とその他の内膜症の病巣は取り除き、
腸との癒着部分もできる限り処置できたと聞かされました。
でもショックだったのは『内膜症という病気は完全には治りません。
閉経まで上手につき合ってください。』と言われたことです。
先生は赤ちゃんが欲しいなら、なるべく早くつくりなさいとも言いました・・・・・」
できるだけ早く妊娠しないと、また子宮内膜症が発育し、痛みを止めるために
ホルモン剤を服用し⇒偽閉経(ぎへいけい)状態にする治療法を
偽閉経療法という。2種類の方法があり、ダナゾール製剤というゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)を
抑える働きがあるものと、Gn-RHアゴニスト製剤(スプレキュア)という卵巣機能を低下させ閉経
している状態にするものとがある。これらの薬剤はきちんと使用しても妊娠する可能性がある。
服用中に妊娠すると、胎児にどのような影響があるか、わかっていないため、避妊する必要がある。
生理を止めることになる。そうなると、生理を止めている間は妊娠は望めない。
「術後しばらくは、生理がきてもまったく痛くないので、うれしくてしかたがありませんでした。
長年の痛みから開放されたんです。再発の心配など、どこかに消え去っていました。
もちろん妊娠のために基礎体温計を毎朝、口にくわえて、排卵日になるとチャンスはもっていました。」
【再発】
しかし手術から半年後、また生理痛が始まった。
「手術を受けた病院では、ホルモン療法を始めれば生理を止めることができるから、
痛みは治まると言われました。でもその間、妊娠はできません。このときはもう29歳。
30歳を過ぎたら、ますます妊娠しにくくなってしまうと思うと、不安はいっぱいでした。」
確かに、鼻にスプレーをするタイプの
Gn-RHアゴニスト(スプレキュア)⇒ゴナドトロピン放出ホルモン。
脳下垂体(のうかすいたい)からのホルモン分泌抑制作用(ぶんぴつよくせいさよう)を利用して、
排卵誘発剤として使用される。子宮内膜症治療に使用されることもある。
製品名として、スプレキュア、ナサールなど。
スプレキュアは、月経開始の1~2日後から1日3回、左右の鼻に1回ずつ噴霧して、
4~6ヶ月連続して使用する。使用後は、半年間の休薬期間が必要。
というホルモン剤を使っているときは痛みがなかった。
しかし、幸子さんの使ったホルモン剤は、4~6ヶ月の使用が限度で、使用後は必ず半年間、
薬を休まなくてはならない。
【不妊治療へ】
「ホルモン剤を半年使用したあと、休薬期間が妊娠のチャンスと不妊治療に通いました。
排卵誘発剤を使って妊娠の可能性を上げるというものでした。最初に用いたのは
クロミッド⇒クロミッドは弱い卵胞ホルモン(エストロゲン)作用をもち、
視床下部(ししょうかぶ)に働いて、卵胞の発育を促す。
通常、月経の5日目から1日1~3錠を5日間服用する。
という錠剤でした。」
生理5日目から5日間服用する。排卵が起こる日は個人差が大きいため、
病院へ通って経膣超音波で卵子の直径を測り、排卵日を推定する。
卵子の直径が20mmを超えれば排卵が近い。
その排卵日に合わせてセックスをするというタイミング療法だ。
「排卵誘発剤によるタイミング療法を始めて間もなく、また生理痛が始まりました。
痛みを耐えながらの不妊治療はつらかった・・・・・・・」
【次の治療】
幸子さんは医師のアドバイスに従い、今までのクロミッドから、
HMG⇒ヒト閉経ゴナドトロビンというホルモンのこと。
という注射による排卵誘発剤に変えた。
排卵しているのに妊娠しない場合は、卵子の質が悪いことが考えられる。
このHMGというホルモン剤は受精しやすい卵子をつくるのに有効といわれている。
HMGを生理開始3日目から1日おきに注射する。そして、卵子が十分発育できたら
HCG⇒ヒト絨毛性ゴナドトロピンというホルモンのこと。卵胞を破裂させる作用をもつ。
というホルモン剤を筋肉注射し、排卵を促す。
「この方法だと、クロミッドによるタイミング療法よりも妊娠率が高くなるということでした。
生理のたびにやってくる痛さから逃れるためには、早く妊娠するしかないと思い、
来る日も来る日も病院に通いました。」
スプレキュア使用を中止し、タイミング療法を始めて半年がたった。
幸子さんは生理痛が苦しいため、半年間、妊娠をあきらめてスプレキュアを再度使用しようかと
考えていたときだった。
「病院でおめでとうと言われたときには、一瞬何のことかわかりませんでした。
でも次の瞬間、『よかった、これで痛みからも排卵誘発剤からも開放される』と思ったのを覚えています。」
幸子さんは無事、30歳で赤ちゃんを出産した。
産前、産後1年以上、生理が止まっていたこともあって、今は子宮内膜症の痛みはないという。
◎プロフィール
大学卒業後、家電メーカーに就職。
就職して4年目の26歳で結婚。
結婚後も仕事を続ける。
結婚5年目、31歳で不妊症の検査を思い立ち、産婦人科へ。
生理は初潮のときからずっと順調で、生理痛もほとんどなかった。
大きな病気もしたことがない。
◎チェック
検査⇒結婚5年目、31歳で左右にリンゴ大の卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)が見つかる。
診断⇒良性かどうかは開腹手術をしてみないと正確にはわからないと言われる。
手術⇒良性の卵巣嚢腫と判明。嚢腫だけを摘出し、両方の卵巣とも温存できた。
治療⇒2ヶ月半後、生理がきて妊娠のチャンスをもつ。
排卵誘発剤を使わず、自然なタイミング療法で妊娠。
『リンゴ大の卵巣嚢腫が左右両方に見つかって』
【検査】
結婚5年目になっても子供ができないことから、涼子さんが31歳になったとき、
産婦人科での検査を思い立つ。
「検査をすると、左右の卵巣にひとつずつ、リンゴ大の腫瘍が見つかりました。
左右両方にそんな大きな腫瘍があったのに、自覚症状はありませんでした。
あとから考えてみると疲れやすかったことと、ダイエットで3kgやせたのに、
おなかだけはポッコリ出て⇒卵巣嚢腫が大きくなると、おなかが大きくなったり、
張った感じがするなどの症状が起こることもあるが、初期では、自覚症状のない場合がほとんど。
張った感じがあったことくらいです。」
涼子さんは、
生理は順調で生理痛もほとんどなく⇒卵巣嚢腫が大きくなった状態でも月経は順調
で、月経痛もないことはめずらしくない。
赤ちゃんができない原因がこんなにすぐに見つかるとは思ってもいなかったという。
「先生は私のおなかを触診しながら、『これは子宮か卵巣に何かあるね。すぐに超音波と
MRI⇒磁気共鳴映像法(じききょうめいえいぞうほう)。
CTは、X線を使って、照射した人体の断面を、コンピュータ画像を使って表示する装置だが、
X線の代わりに磁気を使って画像を得る方法がMRI。
を撮りましょう』と言われました。」
この検査で、両方の卵巣にリンゴ大の腫瘍がひとつずつ発見される。
卵巣嚢腫だった。
【診断】
卵巣嚢腫は卵巣にできた腫瘍で、悪性か良性かを判断するには、開腹して腫瘍を摘出し、
病理検査⇒組織を摘出して、顕微鏡で調べる検査。
をしないと確定診断はできないと医師から説明を受ける。
さらに涼子さんは医師から、腫瘍が
茎捻転(けいねんてん)⇒卵巣が普通の大きさのときはねじれることはないが、
卵巣嚢腫ができて大きくなってしまうと、卵巣が腹膜に付着している部分(卵巣の茎)がねじれて、
その部分の血管が圧迫され、卵巣が壊死(えし)してしまうこともある。
このような状態を茎捻転という。
ごく初期ならば、ねじれを治して、卵巣嚢腫だけを取り除くことも可能だが、ねじれがひどく、
時間がたっている場合は、卵巣や卵管が壊死を起こして、機能する可能性はないため、切除することになる。
を起こすこともあるので、手術はできるだけ早いほうがいいと言われた。
「先生から、手術をと言われたときにはショックでした。
悪性=がんってこと?⇒卵巣嚢腫は良性・卵巣腫瘍は悪性と考える人も
いるようだが、両者は区別して使われてはいない。発見された卵巣嚢腫が、開腹手術をし、
病理検査をした結果、悪性ということもありうる。
それに先生から『ごくわずかの確率ですが、開腹した様子によっては、腫瘍だけでなく卵巣も
取らなくてはならないことがあるかもしれません。』とも言われました。
私の場合、両方に卵巣嚢腫があるわけですから、手術後、麻酔から覚めたら卵巣がふたつとも
なくなっていた、なんてことがあるかもしれないと思いました。
赤ちゃんが欲しかったのにそれが望めない体になるかもしれないと・・・・・・・」
いったんは納得して病院を出たものの、帰り道、医師の説明を頭の中で反復しているうちに、
不安や疑問がどんどん大きくなっていった。
涼子さんは「検査結果どうだった?」という夫からの電話に「お願い早く帰ってきて・・・・・・・」
と涙声で訴えた。
「夫は婦人科の本を買ってきてくれたり、知り合いの奥さんに婦人科の手術をした人がいると
言っては、話を聞きに行ってくれたりしました。夫と一緒に調べていくうちに、卵巣嚢腫は良性の
腫瘍がほとんどで、怖い病気ではないこと。良性の卵巣嚢腫の場合、
卵巣を取る⇒手術中、卵巣嚢腫にがんの疑いがある場合は、
すぐに簡易病理検査(迅速診断)を行い、がんの可能性があれば、腫瘍がある側の卵巣を摘出して
しまうこともある。これはがん細胞が散らばってしまうのを防ぐため。
手術中、卵巣嚢腫にがんの疑いがなければ、嚢腫だけを摘出する。
ことはほとんどないことも確認でき、冷静になれば、先生は万が一のことをおっしゃったんだと納得できました。」
良性かどうかの最終判断は、開腹手術後の病理検査でなければわからないが、
今は検査でほぼ判断はつくのだということも知った。
【手術】
「手術は1時間弱で終了しました。まず、嚢腫だけの摘出ですんで左右の卵巣は残ったと聞かされ
安心しました。摘出した嚢腫はそれぞれ2kgはありそうで、嚢腫には髪や歯が生えていたという
話を夫から聞いて、ちょっとゾッとしました。」
医師からは、「卵子のもとである胚細胞(はいさいぼう)が変化した種類の嚢腫で、胚細胞は人の
体をつくる源となる細胞なので、髪の毛や歯などが入っているのだ。」という説明を受けた。
術後は良好で、涼子さんが気になっていた病理検査の結果も良性だった。
傷はおへその下に縦10cmくらい。約2週間で退院できた。
卵巣嚢腫が不妊の原因になるのは、嚢腫によって卵管が引き伸ばされてしまい、卵子をキャッチする
卵管采(らんかんさい)⇒卵巣に接している部分で、ラッパ状に開いた形をしている。
卵管采のもっとも重要な働きは、卵巣から排卵された卵子を卵管に取り込むこと。
が卵巣から遠ざかってしまうため、卵子はキャッチされにくく、卵管の輸送能力も低下するから。
また、茎捻転や炎症によって、卵管や卵巣周辺が癒着するためなどによる。
涼子さんのおなかの中は癒着などがなかったため、卵巣嚢腫を取り除いたことで
不妊原因はほぼ取り除かれた。
【妊娠】
退院後、約2ヶ月半して初めての生理がやってくる。
「何だか、とてもうれしくて夫の携帯にまで電話しちゃいました。
ああ、卵巣があるんだって実感できて・・・・・・・・。
その晩、夫といろんなことを話ました。
今までもよく話す夫婦だったんですが、子供のことをこんなに話したのは初めてでした。
今回のことで、ふたりとも強く赤ちゃんが欲しい、妊娠できるうちにしたいって思うようになりました。」
生理が順調に戻ってきたため、産婦人科で卵子の大きさを経膣超音波で確認してもらいながら、
排卵の時期を推定し、妊娠のチャンスをもつ
自然なタイミング療法を行った。⇒排卵の時期を経膣超音波で確認して、
セックスする方法をタイミング療法という。
タイミング療法には、大別すると2種類ある。
自然な排卵を待って行う場合と、
排卵誘発剤を使って行う場合である。
治療方針としては、涼子さん夫婦の希望で、すぐに
排卵誘発剤⇒排卵誘発剤には、クロミッドという卵胞の発育を促す効果をもつ
内服薬と、HMG(ヒト閉経ゴナドトロピン)などの卵巣を刺激し質のよい卵子をつくる注射とがある。
を使わず、この方法で様子を見てみるということになった。
これで半年たっても妊娠できなければ、次の方法を考えようというのが、ふたりが出した結論だった。
自然なタイミング療法を行って4ヶ月後、見事妊娠。
順調な妊娠生活を送り無事出産。
現在、1歳の男の子がいる。
]]>◎プロフィール
31歳で結婚。
結婚後も仕事は継続。
結婚1年後、32歳で妊娠するが流産。
その後、流産を繰り返し3回流産する。
みどりさんは特に体が弱いわけでも、過去大きな病気をしたわけでもない。
みどりさんの母親には流産経験はなく、みどりさんを含めふたりの娘を出産したが、
いずれも安産だったという。
◎チェック
妊娠⇒思いがけず、突然のうれしい妊娠。
流産⇒医師は運が悪かっただけ、次は大丈夫と言うが、3回も流産を繰り返し、病院探しを始める。
原因⇒不育症(ふいくしょう)の原因は自己免疫異常(じこめんえきいじょう)。
胎児に血液や栄養などが送れず、死亡していたとわかる。
治療⇒漢方薬「柴苓湯」(さいれいとう)を妊娠前から服用し、妊娠後は低用量アスピリンを服用する。
薬で改善できた。
出産⇒最初の流産から3年後、無事出産する。
『運が悪かっただけ・・・と言われても、本当に出産できるのか心配で・・・』
【妊娠】
みどりさんは結婚後も仕事を続けていた。
子供はすぐにとは考えていなかったが結婚1年、思いがけず妊娠。
「うれしかったです。夫もとても喜んでくれました。」
みどりさんは、近所で評判がいい産婦人科に診察に行った。
ところがその喜びが一変するような診察結果を聞かされる。
「妊娠7週です。しかし
心拍が⇒胎児は妊娠4~7週になると、心臓・胃・腸などが分化し、
心臓が動き始め、超音波画像診断をすると、一定の週数までで心拍が確認できる。
心拍が確認できないと流産している可能性がある。
確認できません。
流産の⇒妊娠22週未満に胎児が母体の外に出てしまうか、子宮の中で死んで
しまい、妊娠が中断することを流産という。
可能性がありますから安静にして様子を見ましょう。」と医師に言われた。
みどりさんは呆然として医師の話は詳しく覚えていないという。
家で横になっていたが、翌日、出血。
「流産と診断され掻爬(そうは)手術を行うことになりました。手術の後はただただ泣いていました。」
そのとき医師からは
「自然流産は⇒自然に起こってしまう流産は、妊娠がわかった人の10~15%に
起こるといわれている。流産の起こる原因は、さまざまで、特定できない場合も多い。
おもな原因として、受精卵そのものに異常がある場合、母体の子宮に病変があったり、
母体が重篤な合併症をもつ場合など。
また、流産の大部分を占める妊娠3ヶ月以内の流産の約半数では、
染色体異常(せんしょくたいいじょう)があるともいわれている。
だれにでも起こりうること。すぐ次ができますよ。運が悪かっただけと思ってください。」と説明される。
「夫は悲嘆にくれた私を見て、慰めも言えないようでした。不思議なもので、妊娠したら子供が
欲しくて欲しくてたまらなくなったんです。」
【繰り返す流産】
みどりさんは、8ヵ月後、また妊娠したが今度は病院に行く前に出血。
2回目の流産だった。
医師からは流産の原因についての説明はなく、「次に期待しましょう。妊娠できるんだから大丈夫。」
と励まされた。特に治療するわけでもなく、「運が悪かっただけ・・・。次に期待・・・。」という医師の
この言葉がみどりさんを逆に不安にさせた。
9ヵ月後、妊娠するがまた妊娠7週で流産。
これが3回目の流産である。⇒流産することは確率的には、めずらしいことではないが、2度3度と
繰り返すとなると、何か流産を起こす原因が存在し、それを取り除かなければ、また次に妊娠しても
流産する可能性が高いと考えられる。続けて3回以上自然流産を繰り返すことを習慣性流産といい、
不育症と考える。
みどりさんは書店を歩き回り、本に紹介されていたあるクリニックに目をとめる。
出かけてみるとそこは小さな産婦人科クリニックだった。
みどりさんの今までの経緯を、その医師はじっくり聞いてくれた。
【原因】
検査をするとすぐ原因がわかった。血液検査で、
抗リン脂質抗体(こうりんししつこうたい)⇒抗リン脂質抗体は、胎児に血液を送る
血管を詰まらせてしまう血栓をつくったり、胎盤を形成する絨毛細胞(じゅうもうさいぼう)の障害に
かかわっていると考えられる。こういった現象によって、胎児は栄養障害を起こし、ついには死亡に
いたると考えられる。
という自己抗体を調べると陽性だった。
自己免疫異常(じこめんえきいじょう)⇒自己免疫異常とは、自分で自分の体に
対して抗体(免疫)をつくることによって生じる疾患の総称。普通、抗体は、外敵に対する抵抗力を
指すが、自分の体に対して抵抗力がつくられてしまう場合には、疾患となる。
のひとつである抗リン脂質抗体が体内にできると、胎盤の血管に血栓ができ、胎児への血液の流れが
悪くなって、発育が遅れたり、流産を繰り返したり、死産を招くのではないかと考えられている。
みどりさんの3回の流産(不育症)⇒妊娠しても、流産、早産、死産を繰り返し、
赤ちゃんを出産できない状態を不育症という。
の原因は、たぶんここにあるのではないかという医師の説明だった。
【治療】
「治療は
抗凝固療法(こうぎょうこりょうほう)⇒胎盤の血管に、血栓をつくらないために行う
抗凝固療法(血小板の凝集や凝固を抑える治療法)としては、低用量アスピリンを用いることが多い。
血液凝固系の検査をしながら行い、効果がない場合は、まれにヘパリン療法やAT-Ⅲ療法など、
ほかの抗凝固療法を行う場合もある。
と
免疫抑制療法(めんえきよくせいりょうほう)⇒母体の自己免疫異常を抑える治療
として行う免疫抑制療法では、ステロイド剤(副腎皮質ふくじんひしつホルモン剤、抗体の産生を抑える)
や漢方薬を用いることが多い。
が有効とのことです。
抗凝固療法としては、胎児に影響の少ない少量の低用量アスピリンを、
妊娠してから10ヶ月飲むそうです。
免疫抑制療法としては、ステロイド剤が効くそうですが、
副作用の少ない柴苓湯という漢方薬を処方してもらいました。
これは妊娠前から1日3回飲みます。
自己免疫異常という言葉にとまどいましたが、先生の説明で不安はなくなりました。」
むしろ原因が明らかになり、治療薬を飲めば治ることがわかり安心できたという。
そして治療薬を飲み始めて5ヶ月後、4回目の妊娠が確認される。
このときも、妊娠がわかってすぐに出血。
「今まで飲んでいた柴苓湯に加えて、低用量アスピリンが処方され、安静にと指示されました。
でも不安はありませんでした。きっと治療薬を飲んでいるから大丈夫と自信がもてたからです。
それに先生を信頼できたことが安心感につながったのだと思います。」
【出産】
みどりさんの自信どおり、無事妊娠が継続し安定期を迎えた。
妊娠5ヶ月から仕事にも復帰。
順調な妊娠期間を送り、最初の流産から数えてちょうど3年後、かわいい女の子を出産した。
◎プロフィール
25歳で結婚。
ひとりめはハネムーンベイビー。
26歳で出産。
上の子が1歳半になって次の子をつくろうと試みたが、
その後、1年たっても、ふたりめができず治療に通う。
治療に通いだして半年後、28歳で妊娠。
現在、3歳の男の子と2ヶ月の女の子がいる。
◎チェック
受診のきっかけ⇒上の子が1歳半を過ぎ、ふたりめを望んだのに1年たってもできなかった。
検査⇒子宮卵管造影法の検査がとてもつらかった。
原因⇒ひとりめの出産が難産だったことが原因で、卵管の通りが悪くなっていた。
治療⇒卵管通気検査と通水検査をすることで卵管の通りをよくする治療と、
排卵をスムーズにするため排卵誘発剤を服用。
『次の子ができず病院へ』
【受診のきっかけ】
「子供は結婚して1~2年たってからでもと思っていたにもかかわらず、ひとりめはハネムーンベイビー。
こんなにふたりめができないなんて考えもしませんでした。」
由美さんは最初の子が1歳半を過ぎ、子育てもだいぶ楽になってきたので、
「そろそろ次の子を」と思った。
ところが1年たっても妊娠しない。
ひとりめはすぐに妊娠したこともあって、不安になった。
【検査・治療へ】
「すぐに病院へ通い始めることにしました。毎朝、基礎体温計をくわえ、
基礎体温表⇒基礎体温表は、不妊治療を進めるにあたって欠かせないデータ。
一般検査も性周期に合わせて進めるため、基礎体温表で確認しながら行う必要がある。
基礎体温を記録したグラフからは、排卵の有無、黄体ホルモンや卵巣機能の様子などもわかる。
基礎体温は毎朝欠かさず、目覚めたら、そのまま布団の中で、測るようにする。
とにらめっこする日々が始まりました。」
ひととおりの検査⇒女性の不妊検査は、まず初診で問診、内診と超音波検査などを
行い、今後の検査の方針などを話し合う。
2回目からは排卵の検査、卵管の通過性検査、子宮内膜組織検査、夫の精子が子宮に入っているかを
見るヒューナー検査、子宮頚管粘液の検査などが行われる。
一般的な検査は、特に順序は決まっておらず、問診や基礎体温表などのデータに基づいて、
その人に応じて進められる。
を終えるまでに、約3ヶ月⇒女性の不妊検査は、性周期に合わせて行われるので、
時間がかかるのが普通。およそ2~3ヶ月で、7~8回の通院が必要。
その後、一般的な検査の結果に応じて、さらに特殊な検査や治療が行われていく。
はかかった。
なかでも由美さんは、子宮卵管造影法の検査が特に痛かったという。
「病院の先生によると、ひとりめの出産が帝王切開で難産⇒ひとりめは、自然に妊娠
したのに、ふたりめができにくい原因としては、最初の妊娠、出産によってホルモンのバランスが崩れ、
排卵がうまくいかなくなる場合、また、帝王切開などの難産のため、子宮や卵管などにダメージが
起こった場合のほか、男性不妊も考えられる。
だったため、卵管に炎症を起こし、卵管の通りが悪くなったそうなのです。
受精卵がスムーズに卵管を通れなくなり、妊娠しづらいのだということでした。
治療としては、卵管の通りをよくするために卵管の通気検査と通水検査を行うそうです。
いわゆる、ふたりめ不妊⇒妊娠できる年齢の男女が赤ちゃんを欲しいと思い、
ごく普通の性生活を送っているにもかかわらず、2年たっても妊娠しない場合を不妊症という。
子供がひとりいても、この定義に当てはまれば不妊症(ふたりめ不妊)ということになる。
だと言われました。」
由美さんにとって通気検査と通水検査はつらい治療だった。
卵管の通りが悪い人は特に痛いのだという。
月1回、通気検査と通水検査を行いながら、生理が始まって4~5日目から、
クロミッドという排卵誘発剤を5~6日間、朝夕2回飲んだ。
そして排卵日を特定し、妊娠のチャンスをもつタイミング療法を行った。
【つらい時期】
由美さんが病院へ通い始めてしばらくしたころ、近所で仲のいい友人たちが、
次々とふたりめを妊娠した話を聞かされる。
「幼稚園のことを考えると、きょうだいで通える2歳差がいいわよね。」
「4~5歳離れると、きょうだいで遊べなくなるわよ。」
「育児期間が長いと年をとってしまい、仕事が見つからないみたいよ。」
という言葉を耳にするたびに、由美さんは焦る気持ちが強まった。
自宅に戻り基礎体温表を見つめ、憂鬱になることも多かったという。
「きっと、ひとりめを妊娠しなくて不妊治療に通っている方から見ると
『いいじゃない、ひとりは子供がいるんだから』って思われるかもしれないけれど、
ひとりっ子だと周囲から『ひとりでラクしようと思って避妊してるんじゃないの』って
目で見られるんです。」
実際に、近所の人から「きょうだいがいないと子供がかわいそうよ。何でつくらないの?」と
露骨に言われたこともあるという。
「何か言われるたびに傷ついていました。ひとりめ不妊もふたりめ不妊もつらいのは
同じだと思います。周囲からのプレッシャーも同じです。」
あまり子供のことばかり考えるのも、かえってよくないと判断し、
由美さんは託児所付きの仕事を始めようと面接に出かけた。
通院を開始して約半年が経過していた。
【妊娠】
「4回目の排卵誘発剤を飲んだところで妊娠できたんです。
3回目にだめだったときはがっくりして、もう妊娠できないのかしらと落ち込みました。
でも、あきらめず治療を続けてよかった。
妊娠のことばかり考えず、気分を変えて仕事を始めようとリラックスしたことが、
よい結果を生んだのかもしれません。」
その後妊娠期間は順調だった。
そして、由美さんは29歳の誕生日を迎えた1週間後、無事、2950gの赤ちゃんを出産した。